不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第56回 夢は在校1位で卒記優勝  2019年3月14日

 京都府・山本真矢選手が意識したように、技能免除組は福岡県で生徒番号22番・吉岡稔真という得体の知れないヤツが頭角を現し始めた事を気にしていました。彼の情報は同県の高田誠選手や同部屋の古賀裕司選手に聞きました。師匠は森山慎雄選手。兄弟子は当時G1の常連で、九州勢をバリバリの先行捲りで引っ張っていた内田浩司選手!彼は高校時代、運動部どころか部活に入らず、帰宅部で実家は家具屋。中野浩一さんに憧れて競輪選手になろうと思ったなどの情報を得ました。
 幼い頃から足が速く、小学校4年生から少年野球に明け暮れ、運動会では常に短距離1位でリレーのアンカーを務め、マラソン大会でもいつも1位。中学校では野球部なのに陸上部の大会に出るなど、とにかく運動では誰にも負けないと思っていたくらい自信がありました。そんな俺が高校に上がり、自転車部に入部し僅か4ヶ月で千m1分12秒43を叩き出し、当時のS級1班(上位 120人)の新谷隆広選手の弟子にして頂いて日々稽古つけてもらい高校の大会を勝ち抜きました。「俺の方が優っている!」まさか吉岡選手に脅かされるとは思ってもいませんでした。
 飽きるほどの基礎訓練から競走訓練に切り替わり、一気に楽しくなりました。ちょうどその頃、64回生の卒業記念レースが行われました。優勝は在校成績1位で、完全優勝で決めた憧れの岡山県・三宅伸選手。俺のイメージは正にこれです。在校1位で、卒業記念も優勝で卒業する。その実現に向けて夢は膨らむばかりでした。

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