不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第3回 パワー底力の原点!  2018年3月14日

 得意技の自転車を更に磨いたのは中学校一年生の頃である。当時私は、年上の先輩達に可愛がられていました。先輩達は皆バイクに乗っていました。中学校一年生ホヤホヤの私は、一人だけママチャリの状態でした。先輩のバイクに似せてママチャリのハンドルを絞り、上にかちあげ、ライトはツリ目にして荷台も持ち上げてツッパリテールに!普通のママチャリが一気に気合の入った先輩のバイク顔負けのスタイルに大変身しました!一人だけ自転車の私は、先輩達のバイクと走り回りました。30キロ位のスピードなら自力で走れますが、それ以上になるとキツいので、先輩の肩に掴まり引っ張ってもらったり、バイクの後ろについて風を受けずに付いて行ったりしていました。今思うと偶然にも将来に繋がっていたのですね(笑)。
 あともう1つ、将来に繋がっていた事があります。それは「車押し」です。私の母親の仕事は当時保険の外交員でした。学校から帰ると母親の仕事についていき、中々エンジンのかからない母親の車を押しがけするのが私の唯一の親孝行でした。車を押して走ること約10~20メートル。かかりの悪いときは数本やりました。車のタイヤが溝に落ちた時は持ち上げたりもしていましたし、少年時代はそんな環境でしたので、筋力や体の底の力は誰にも負けない自信がありました。「車押し」は最高な全身のトレーニングだったのと同時に、心肺機能もかなり鍛えられた記憶があったので、プロになってからも取り入れていました。

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