不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第48回 競りながら登る街道練習  2019年1月19日

 第65回生合格は師匠の新谷隆広さんから連絡を頂きました。人生の第一関門突破!嬉しくて仕方がありませんでした。思い返せば高校一年生の時に新谷さんを紹介して頂いたレミントンサイクルの春日さん、新谷さんはもちろん、新撰組の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。「1日も早く特別競輪の常連になり、フルームメーカー・レミントンの名を全国へ轟かせたい!先輩方の前で先行して自分の成長を見てもらいながらレースで恩返したい!」と心に誓いました。合格するとそこがゴールだと思っているのか、遊ぶ人もいましたが、俺は自転車に乗っている時が自分の成長を実感できるので、それ以外は体力の回復だけしていました。コイツだ!と心に決めた人がいたのも遊ばなくて済んだ理由だったと思います。
 練習はタイムを出す事から、自転車を上手く乗りこなす方向へ変えました。当時はイエローラインも無く、競り全盛期の競輪界!俺も競りたくて競輪に憧れていました。新撰組の先輩に街道練習中、横に並ばれ肩や頭、肘を出されたりしました。競輪学校に合格し、プロとして認め始めてくれたのかな?とても嬉しかったです。でも競り負けては前まで追い上げ、ムキになっては田んぼに落とされ、プロのテクニックに歯が立ちませんでした。当時は新撰組の道場から中之条を登り、倉渕村を下る100キロコースが定番。競りながら登る街道練習によってスタミナ、技術、集中力が付いたと思います。競りながらもがく事を忘れたら、競輪選手とは言えないと思います。

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