不撓不屈・ボスの自転車人生

不撓不屈・ボスの自転車人生

後閑 信一 後閑 信一 ごかん しんいち 元競輪選手  平成2年4月に65期生としてデビュー。落車による大ケガや数々の困難を不撓不屈の精神で克服。第46回競輪祭、第15回寛仁親王牌、第56回オールスターとG1で3V。面倒見いい親分肌と風貌から〝ボス″と称された。平成30年1月引退。通算成績は2158戦551勝、2着311回、3着255回。

第65回 A級デビュー戦でいきなり優勝!  2019年6月24日

 ルーキーチャンピオンレースが終わり、私は若鷲賞を受賞しましたので、A級1班の格付けが決まりました。いよいよA級初戦です!私的にはここからが本当のプロ選手になったのだと実感しました。
 初戦の斡旋は茨城県・取手競輪場でした。当時の競輪選手は体がガッチリしていて、厳つい先輩ばかりでした。シリーズのメインはA級1班で地元の川瀬章選手。イケメンで足腰とお尻、ふくらはぎが発達し強そうに見えました。前検日、その川瀬章選手が私に「明日マークするからヨロシク!」と爽やかの中にもオーラのある雰囲気で言ってくれました。私は地元のメイン、S級で活躍されていた川瀬選手に頼りにされた嬉しさから、自分の事よりもまずは川瀬さんを連れてゴールまで引っ張る事だけを考えていました。あれだけ競輪学校時代、負けず嫌いだった私が、A級で本格的にプロとして走る記念すべき第1走目だった取手競輪初日A級特選は、力試しの打鐘からメイチの先行でした。結果は9着!川瀬さんは1着。当時はA級開催でもスタンドは満員状態。お客様からは「後閑ありがとう!」とたくさんのご声援を頂きました。私はその時に【競輪】は人の心に響かせる仕事だということに気づいた様に感じます。2日目準決勝は初日の特選メンバーよりはランクが下がるメンバーだし、先行して3着までに入れなければ恥ずかしいし、力がない証拠だと思い再度、打鐘から先行をしてみました。結果は3着!決勝進出です。中団でもつれていた様で先行するとラッキーな事もあるんだなあ~と感じました。
 そして決勝戦!地元の川瀬章選手も勝ち上がり初日特選同様、私をマークしてくれました。川瀬選手は初日から1着、1着で勝ち上がり、前S級の力を連日見せつけていました。一方、私は初日と2日目は打鐘からの先行で9着、3着とギリギリの走り。ファンの皆様も私も(笑)当然、川瀬選手が優勝する可能性が高いと評価!レースは始まりました。初日、2日目と先行している私を見ていて、他のラインは中々前に出してくれませんでした。当時、イエローラインが無かった時代でしたので、牽制された私はバンクの最上段まで上がり金網スレスレを走る事になりました。高校時代からスプリントで慣らしていたので、怯む事なくバンクを上手に走りました。金網越しにお客さんの顔が並んでいた光景を今でも覚えています。何故ならそのレースで私は捲って優勝したからです。新人リーグデビュー戦優勝!A級デビュー戦も優勝!その時のA級優勝賞金は90万円を超えていましたので、初日と2日目を合わせると100万円を上回っていました。まだ20歳の私には信じられない程の大金でした。当時の私は車好きでしたので、これからどんな外車を買おうか?とかそんなことばかり考えていました。

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