千葉競輪の未来

 15年1月に17年度末での競輪事業廃止の方針が打ち出された千葉競輪だったが、選手会千葉支部をはじめとした関係者の地道な努力によって方針を転換。国際規格を満たす1周250mの屋内バンクでの事業継続が決まり、千葉競輪はこれから生まれ変わる。

18JPFドームのフィーリング the future of CHIBA KEIRIN

 先月、千葉市より「千葉JPFドーム」での開催が予定されている「(仮称)250競輪」のスタートが、7月から10月に変更されることが発表された。5月に竣工式も終えて、その時に向かって着々と準備が進められているのが現状だ。そしてまだ一般公開もされてない「千葉JPFドーム」とは、どんなものなのか。すでにドームでの練習を始めている根田空史(千葉・94期・S1)に直撃した。
 南関の地区プロ自転車競技大会では、スプリント種目を11年から7連覇、ケイリン種目に転向した翌18年からは昨年まで3連覇中(今年はまだ地区プロが行われていない)。競輪はもちろんのこと、競技にも精通している根田が、先の高松宮記念杯シリーズで取材に答えてくれた。

―すでに「千葉JPFドーム」(以下、千葉)での練習を始めていると聞きましたが
 先月の下旬くらいからですかね、自分はもう4回くらいはやっていると思います。
―テストランなどを含めて、静岡県伊豆市にある日本競輪選手養成所の「JKA250」などを走った経験もある根田選手がもった千葉の感想は
 (バンクで使われている)板の素材はJKA250と同じ素材を使っているみたいですけど、千葉の方が滑りづらいし、全然走りやすいと思います。バンクの傾斜(カント)もJKAよりもあるみたいですけど、250にしてはマイルドに感じます。でも、マイルドって言っても250ですから。そこら辺は慣れが必要になってくるのは当然ですけどね
―その“慣れ”という点ですが、すでに多くの選手が講習を受けてライセンスの取得に至っています
 これは個人的な感想ですが、やはり講習だけじゃ足りないというのがあります。逆に言うと新人の選手(119期以降は、養成所卒業時にすでにライセンスを取得している)は、養成所でやっているから、駆け方がすごくうまい。そこはすごい差があります。自分たちの方が怖がっている感じがあって、新人選手たちがうらやましいですよ(笑)。ただ、(10月から開催が始まり)開催を追うごとにみんなのレベルが上がって、どんどんその慣れのようなものの差が詰まってくると思います。とくに追い込み選手は自転車を操るセンスもありますからね。
―千葉での競走、トレーニングが、現在の競輪にも効果をもたらす可能性は
 自分が練習をしていても、いまナショナルチームが活躍している理由がすごくわかります。いまは競輪自体がトップスピードがないとダメ。タテ脚がないと話にならない。そういう意味では、ここで練習すればトップスピードも上がってくる。自分にとってもすごく楽しみですし、(250競輪は)いろいろな可能性を秘めていると思います。

(最終更新 2021.6.23)

  • 競技でも“トップランナー”の根田空史

17GP王者が250を疾走 the future of CHIBA KEIRIN

 新たなグランプリチャンプの誕生で幕を閉じた激動の20年。和田健太郎が、千葉勢としては09年の海老根恵太以来、4人目となるグランプリ制覇を遂げた。21年5月からスタートが予定されている『250KEIRIN(仮称)』にグランプリ王者の参戦はあるのか。12月30日、グランプリを獲得して興奮冷めやらぬ和田が、その思いを語ってくれた。
 デビュー4年目の05年にヤンググランプリに出場したものの、G1ファイナルを初めて経験したのが、17年の全日本選抜。自身を「雑草」と言うように、和田健太郎は決してエリート街道を歩んできたわけではない。
 「このレースで自分の車券を買ってくれて、勝負してくれている人がいる。だから、G1とかF1とかレースの格に関係なく、自分は目の前にあるレースを一戦、一戦頑張るだけです。(グランプリを獲ったからって)いまさら気取ってもしょうがない。いままで通りですね、グランプリを獲って変わったって言われるのも嫌なんで」
 車券に貢献したい。ファンの期待に応えるというその一心の積み重ねが、獲得賞金7位でグランプリ初出場の実を結んだ。そしてアッと驚くグランプリ制覇。21年はグランプリチャンプだけがまとうことを許される、白く輝くチャンピオンジャージでの戦いとなる。
 「非常に気が重いです。(昨年グランプリを獲った)佐藤慎太郎さんもおっしゃっていたんんですけど、やっぱり常に1番車なので、ある程度、位置取りとかそういうのも出てくるでしょうし。もちろんそれだけではなくて、責任的なものも出てくると思う。コロナウイルスが来年もどうなるかわからないですけど、競輪選手としてできることをやっていければいいかなと。また来年もグランプリを走れるように、しっかりやっていければなと思います」
 21年に幕を開ける国際規格の屋内木製トラックが舞台の究極のスピードバトル。『250KEIRIN(仮称)』が始まる年に千葉から王者が生まれた。
 「(250KEIRINには)参加するつもりでいます。地元のことですし、まだまだどんな風になるかっていうのは未知数なんですけど。これも現行の競輪に対して、いろんないい意味で起爆剤になると思っている。自分が参加することで何か盛り上がることがあるなら、しっかり盛り上げていきたい。和田がいるから(250KEIRINに)行ってみようかって思ってもらえたら、現行の競輪にもいい風になるんじゃないかと」
 『250KEIRIN(仮称)』でも、果たして1番車での戦いになるのか。まだまだ明らかになってない部分もあるが、和田健太郎は参戦を明言。グランプリチャンピオンの『250KEIRIN(仮称)』挑戦は興味深い。

(最終更新 2020.12.31)

  • 地元の「千葉公園ドーム」でGP王者の和田健太郎の走りが見られる

16 the future of CHIBA KEIRIN

 言うまでもなく新型コロナウイルス感染症が世界に与えた影響は、甚大で社会を大きく変えた。7月24日の幕開けが予定されていた東京五輪、パラリンピックも延期。東京五輪は来年、21年の7月23日スタートが決まった。多目的スポーツ施設「(仮称)千葉公園ドーム」のリニューアル事業も例外ではなく、新型コロナウイルス感染症の収束の見通しがつかないなかで、懸命に建設作業が行われている。国際規格の屋内木製トラックで争われる「250競輪(仮称)」の進ちょく状況はいかに。
 新型コロナウイルス感染症の影響が日本の生活に色濃く影を落とす前の2月に千葉市議会の定例会において、服部卓也副市長による『250KEIRIN(仮称)』の概要が説明された。その中でドーム整備は12月に完了する予定であったものの、新型コロナウイルス感染症の影響でスケジュールの見直しを余儀なくされた。3カ月程度の工期の遅れから、ドームの完成は21年3月。千葉市の経済農政局経済部・公営事業事務所の鴻崎豊宏所長によると「今年の11月ころまで(ドームの)外観の建設をして、そのあと250のバンクを含めた内観にあたる予定」とのことだ。また、ハード面だけではなく、投票システム、競技情報システムなどのソフト面に関しても、12月にはおおよそのめどが立ちそうだ。
 「地元千葉の選手はテストランなどを含めて、協力をしてもらっているが、千葉以外の地区の選手には『250KEIRIN(仮称)』のことがわかりづらい状況かと思います。ただ、地元のトップ選手の話によると(250バンクで)1時間も練習すれば、ある程度は走れるようになるとも聞いています。まず選手にはバンクに慣れてもらうことが大事ですね。千葉が『250KEIRIN(仮称)』の成功モデルにならなくてはと思っています。『250KEIRIN(仮称)』の可能性を示すことで、他の競輪場の250への建て替えも実現するのではないかと。千葉を含めて、4、5場くらいで『250KEIRIN(仮称)』を行えるのが理想的ではないでしょうか」と、前出の鴻崎所長は言う。
 すでに6月から現役の選手に対する250講習会は、開始されている。今年度中となる来年3月までには約600人の選手の講習が完了する見通し。そしてファンにとっては何よりも重要な『250KEIRIN(仮称)』の車券発売は、来年5月に開始が予定されている。ネット(本場を含む)での投票のみだが、今回のコロナ禍でネット投票を取り入れた方々も多いだろう。従来の9車立てだけではなく、超一流の選手たちが繰り広げる7車立ての迫力を堪能したファンの方々には、極限のスピードバトル『250KEIRIN(仮称)』が魅力的に映らないはずはない。競輪の新たな選択肢となる『250KEIRIN(仮称)』投票のためにも、ネット投票に慣れておいても損はないだろう。

(最終更新 2020.9.16)

  • 来年の3月に完成予定の多目的スポーツ施設「(仮称)千葉公園ドーム」(イメージパース)

15市議会で概要が公表される the future of CHIBA KEIRIN

 「(仮称)千葉公園ドーム」の建設も、12月の竣工に向けて順調。来年1月にスタートが予定されている250競輪にとっても、五輪イヤーの今年は大事な年だ。2月26日、千葉市議会の定例会において、服部卓也副市長から、250競輪の概要が発表された。
 未来民主ちばの麻生紀雄市議会議員の代表質問に答える形で、熊谷俊人市長に代わり、服部副市長から250競輪の開催に向けた、進ちょく状況などが議会で説明された。
 「五輪などと同様の国際ルールにのっとり、スポーツとしての自転車競技と公営事業としての競輪が融合した世界初の取り組みとなる。具体的に現行の競輪による級や班の枠組みをこえて、すべての希望するプロ競輪選手が同じレースに参加する。1レース6人の選手が、6周(1500メートル)を競い、勝ち上がり方式により勝敗を決定する。1日のレース数は最大12レースであり、「(仮称)千葉公園ドーム」においては、現行競輪での年間15節、46日を大幅に上回る年間50節、100日以上の開催を予定している」
 チャレンジ、ガールズなどよりも少ない6車立てが正式に決定。さらに年間100日以上の開催は1カ月平均8日以上の開催日数となり、250競輪の魅力でもある迫力のスピードレースを「(仮称)千葉公園ドーム」でより多くの人が体感できることになる。
 「賞金体系においても優勝劣敗の考えをさらに強めるべく、上位選手のみに賞金を付与することにする。これらの取り組みにより、スポーツ性の高い、わかりやすく、競技重視のレースを実現し、従来の競輪ファンに加えて、新規ファンの獲得を推進していきたい。来年度はドーム整備が完了する本年12月以降、5節10日程度の開催を見込んでいる。実施に向けた準備状況では、ハード面においては、昨年10月に「(仮称)千葉公園ドーム」の建設に本格的に着手して以降、基礎工事が概ね完了するなど、12月の竣工に向けて順調に進ちょくをしている。また、ルール等のソフト面においては業界の最高意思決定機関の競輪最高会議において、昨年12月に250競輪事業における基本的なルールをはじめ、開催日数、選手管理等にかかわる大枠の事項が合意をされた」
 新たな競輪、250競輪の開催に向けて事業がスムーズに進んでいることを服部副市長はアピールした。賞金体系に関しては、上位選手にのみに賞金が与えられるのは、現行の競輪との大きな違いだ。選手によってさまざまなとらえ方があるだろうが、プロスポーツとしての優勝劣敗の原則がより鮮明にされたことは選手にとって大きい。来年1月の開催まであと1年を切った250競輪。いままでにない究極のスピードバトルが、もうそこまできている。

(最終更新 2020.2.28)

  • 建設が進む「(仮称)千葉公園ドーム」

14自分たちにできることは the future of CHIBA KEIRIN

 台風15号及び19号での被害にあった方々への災害支援寄付金として、日本競輪選手会千葉支部が、11月1日に100万円の寄付を千葉市に行った。寄付のため市役所を訪れた中村浩士(79期)支部長とガールズケイリンの篠崎新純(102期)選手が、熊谷俊人千葉市長と会談。そのなかでも話題に上がった競輪が果たす社会的役割とは、そしてその先に…。
 9月9日に上陸した台風15号は、日本各地に爪あとを残し、千葉にも甚大な被害をもたらした。その被害の大きさをニュースで知るたびに、篠崎新純選手は胸が締め付けられるような思いだった。遠く離れた九州の地で篠崎選手は、地元、千葉への思いをモチベーションに変え9月15日からの武雄F2シリーズで優勝を遂げた。
 「優勝した賞金の一部を寄付させていただきました。(武雄は)いつも以上に気合も入っていたし、優勝を獲りにいって寄付につなげようって。いつも以上にみなさんのお力をいただいた。自分にとってできることは少ないですけど、こういう(社会貢献)活動を継続的にやっていけたらと思います」
 自宅が玄関まで浸水。近隣の河川が氾濫の一歩手前だった篠崎選手は、自身もつらい体験をしながら10万円の寄付を行い、地元の復興を願った。
 「(寄付金は)被災されて本当に困っている方々に使っていただけたらなって思います。プロ選手としては当たり前ですし、選手が頑張っているっていうのは、お客さんがいらっしゃってのことですから。一生懸命頑張って、さらにこういうこと(社会的な貢献活動)をやっていけたらなって思っています」とは、篠崎選手と同じく10万円の寄付を行った中村浩士支部長。
 17年度で廃止の方針から、リニューアルへと大きく舵が切られた千葉競輪。成功のためには、市民への理解が必要不可欠であることはいうまでもない。そのためにも選手会千葉支部、そして選手ひとり、ひとりが、市民、ファンに寄り添っていくことは欠かせない。

(最終更新 2019.11.1)

  • 千葉市役所を訪れた中村浩士支部長と篠崎新純選手

13「250競輪(仮称)」のアウトライン the future of CHIBA KEIRIN

 10月に入り地鎮祭も無事に執り行われ、多目的スポーツ施設「千葉公園ドーム(仮称)」のリニューアル事業も順調のようだ。自転車競技・日本代表の強化活動も進み、メダル獲得にも期待が高まる東京五輪。その東京五輪・パラリンピック後にいよいよ始まる国際規格の屋内木製トラックで繰り広げられる「250競輪(仮称)」のアウトラインが見えてきた。弊社とスポンサー契約を結んでいる日本競輪選手会千葉支部の中村浩士(79期)支部長に話を聞いてみた。
―現状で中村支部長が把握している「250競輪(仮称)」の概要を教えてください
 自転車はカーボンフレームのディスクホイール。いまのところギア制限もないと思います。6車立てですね。走る選手は1日2走するのが原則です。1つのシリーズに36名の選手が参加して、12レース制で行われる予定です。
―「250競輪(仮称)」は、S級の選手でなければ走れないのですか?
 登録制度です。走りたい人(選手)が講習を受けて、その後登録をする形になると思います。ですから、A級だから走れないっていうことはないです。
―1日2走ということですが、従来の競輪では1日1走でした。2走に対する選手へのフィジカル面での負担が懸念されますが。
 既存の競輪をベースに考えてしまうと負担も大きいです。しかしながら、自転車競技の世界的な大会を見ると、ケイリン、スプリントなどの種目でも1日に何度も走ったり、2種目以上に参加するダブルエントリーも見られます。ですから、競輪選手でも対応可能だと思います。
―選手の参加希望、講習についてはどの程度進んでいるのですか?
 来年から講習が始まる予定です。いろんな選手が参加してくれて、「250競輪(仮称)」が盛り上がることを期待しています。

(最終更新 2019.10.3)

  • 松戸競輪場で取材に応える中村浩士支部長

12世代を超えるバトンリレー the future of CHIBA KEIRIN

 500走路としては最後のバンク練習が2月13日に行われた。中村浩士選手会千葉支部長をはじめ14名の選手、アマチュアがバイクを使っての周回練習を2セット。終了後には、ありがとう千葉競輪セレモニーが行われ、中村支部長のあいさつのあと、選手たちが慣れ親しんだバンクに深々と頭を下げた。千葉競輪場は2月15日から解体工事がはじまり、2020年の秋(予定)に250バンクとして生まれ変わる。
 参加した選手たちはそれぞれがペダルのひと踏み、ひと踏みに思いを込め、バンクの感触を胸に刻んだ。500バンクとしては最後の練習。「じゃあ噛みしめていきましょう」。ペーサーを務める中村支部長のかけ声ではじまった2セット目はバイクの後ろにピタリとつける鈴木栄司の姿があった。「アマチュアから39年。地元を走るときが一番緊張した」と懐かしそうに振り返るベテランは終盤どんどん加速していくバイクに最後まで食らいついた。
 印象的だったのはひとり黙々とバンクの外周を回っていた中曽直彦だ。「アマチュアの頃から育ててもらったバンク。ありがとうと思いながらね。寂しいけど新たな千葉競輪に向けて、みんな気持ちはひとつだと思う」。8日に伊東競輪で落車したばかり。体は痛むが、じっとしてはいられなかった。
 中村支部長は「ここをファンで満タンにするのがひとつの夢。そこを走りたいし、次世代の選手にも走らせたい」と話す。選手たちが口をそろえたバトンタッチの言葉。来年の秋からは千葉競輪の新たな歴史が幕を開ける。

(最終更新 2019.3.2)

  • 「ありがとう千葉競輪」のセレモニーに集まった選手たち

11次の世代につないでいく the future of CHIBA KEIRIN

 圧巻のパフォーマンスでG1連覇を遂げた脇本雄太は、昨年のワールドカップ、ケイリン種目で日本人選手としては14年ぶりに金メダルを獲得。今年3月には河端朋之が世界選の同じくケイリンで銀メダル。世界選の同種目では93年以来のメダルを手にした。東京五輪に向けて、日本の自転車競技が“世界基準”にレベルアップしている。
 五輪会場の伊豆ベロドロームに次いで、国内2つ目となる国際規格を満たした屋内木製トラック「千葉公園ドーム(仮称)」が果たす役割は、「250競輪」だけではない。未来の五輪戦士を育成するためにも、欠かすことのできない施設として重要な拠点となる。
 「子どもたちの夢舞台をつくっていきたい。プロスポーツ、競輪の発展のためにも、新たな世代の選手育成をしなければならない大事な時期にきている」
 こう話すのは選手会千葉支部の中村浩士支部長。「250競輪」の成功はもとより、地域貢献ができる「千葉公園ドーム(仮称)」として力を注いでもいる。
 「自転車競技をやってみたいってなっても、なかなか従来の競輪場が開放されるってことが少ない。身近に自転車競技のクラブチームがなかったりしたら、ここでアカデミーみたいなものを開いて、子どもたちにレクチャーしていこうっていうことも話し合っています。そのなかから世界に通用する競技者なり、競輪選手になる子どもが出てくれたらうれしいですね」
 競技人口、ファン拡大につなげるための未来への投資。「千葉公園ドーム(仮称)」から、世界へ羽ばたくニュースターが生まれる。

(最終更新 2018.10.10)

  • 日本人選手の活躍を告げる横断幕.。河端朋之選手もニッコリ

10みなさんの応援が力になる the future of CHIBA KEIRIN

 昨年はウィナーズカップで郡司浩平とワンツー。今年もサマーナイトフェスティバルに続いて、オールスターでも優出と選手会千葉支部の支部長を務める中村浩士選手(千葉・79期)が、八面六臂の活躍を見せている。今年は松戸競輪場で行われる10月13日からの千葉競輪開設69周年記念のシリーズは、選手としてではなく、支部長の立場からサポート。本紙『プロスポーツ』とスポンサー契約を結んでいる中村支部長が、“縁の下の力持ち”として、4日間を盛り上げる。
 「自分は8月の松戸記念に参加させてもらった。だから、今回は走ることではなくて、イベント面だとかで力になりたいと思ってる」
 松戸記念を2232着の準V。惜しくも優勝は逃したが、千葉を代表する追い込み選手としての存在感は見せた。
 20年の完成が待たれる「千葉公園ドーム(仮称)」で行われる「250競輪」を成功させるためにも、ファンと選手をつなぐ架け橋として千葉の支部長は重要な役割を担っている。
 「ファン感謝デーだったり、ファンの集いみたいなものを開くと、お客さんたちは喜んでくださるんです。選手と触れ合うことでお客さんが、いままで以上に選手たちを応援してくれる。その応援が選手の力になって、選手を強くするんです。そういうサポーターの力っていうのは、本当に大きいんですよ」
 ファンが選手を育てる。5月のダービーでは、ともに決勝に名を連ねた山中秀将と和田健太郎。タイトルに手が届くところまできている2人を中心とした地元勢の活躍を、競輪場で目に焼きつけたい。

(最終更新 2020.7.16)

  • 多方面にわたり尽力する中村浩士支部長

9“テオ様”の目に輪界はどう映る? the future of CHIBA KEIRIN

 テオ・ボス(オランダ)は、短期登録制度で7度目の来日となった今年も19戦17勝、4度の完全優勝(7月24日現在)。8月に35歳を迎える今も、衰え知らずのパワーを披露している。19歳で初めて日本の地を踏んでから15年。06年フランスでの世界選手権でケイリン、スプリント両種目の優勝をはじめ、輝かしい競技実績を持つボスにとって、日本の競輪・ケイリンはどう映るのか。20年に完成予定の「千葉公園ドーム(仮称)」も含めて聞いてみた。
―15年前の初来日から日本の競輪は変わりましたか?
 なにも変わってない。レースも選手も、そしてトラック(バンク)もね。スピードっていう意味では少し速くなったけど、まだ90年代のバンクレコードが残っている。
―それでは一昨年にチーム体制が変わったナショナルチームにも、変化は見られないのですか?
 日本のナショナルチームに関しては、そうではない。脇本(雄太)は強いしレベルが上がっている。
―東京五輪まであと2年です
 トラック種目で日本人選手がメダルを獲れる可能性は十分にある。とくにケイリンですね。ケイリンは、なにが起こるかわからない。
―「千葉公園ドーム(仮称)」のことは知っていますか?
 もちろんですよ。デザイン画も見たし、ルックスもいいよね。
―日本に国際規格の新たな屋内木製トラックができることについては、どうですか?
 日本人選手にとっては本当にいいことだと思う。いろんな選手が走れるチャンスがあるのは、競輪界にとっては大きなプラスです。

(最終更新 2018.7.26)

  • 19歳の初来日から日本のファンを魅了し続けるテオ・ボス

8石井貴子が競技に復帰?! the future of CHIBA KEIRIN

 20年の東京五輪・パラリンピックトラック種目の会場にも決まっている静岡県伊豆市にある伊豆ベロドロームで、「ジャパントラックカップⅠ・Ⅱ」が、7月6日から3日間に渡り行われた。日本人選手の活躍もあり、会場に詰め掛けたファンは大いに沸いた。
 ケイリンでは、2日間連続で脇本雄太が優勝。また、スプリントでは競輪ファンにもおなじみのマティエス・ブフリ(オランダ)が連続Vで、前回五輪のケイリン銀メダリストとして強さを見せた。
 2年後の五輪で使用されるトラックでの公式戦とあって、国内の強豪に加え、海外からメダリストも参戦した。そのなかに千葉の石井貴子の顔が、久しぶりにあった。
 「最後に(伊豆ベロドロームの)ドームを走行したのが、16年12月だったんですよ」
 急きょ、ナショナルチームに招集された石井にとって、今大会の成績は参考外。東京五輪後に地元が「千葉公園ドーム(仮称)」として、国際規格の屋内木製トラックに生まれ変わる。
 「東京五輪も千葉でやれればよかったですね。そうすれば競技に興味をもった方々が、車券にもってなると思うんで。現状では(千葉で行われる250競輪は)改善していかないといけない部分が多い。公正安全にやるんであれば、(250競輪用の)ライセンスみたいなものも必要でしょうね。マンネリを打破しようっていう意味ではチャンス。しっかり準備して環境が整うのであれば、走りたいです」
 ナショナルチームへの本格復帰も含め、千葉ガールズの第一人者の今後の動向が気になるところだ。

(最終更新 2018.7.16)

  • 伊豆ベロドロームで行われた「ジャパントラックカップ」

7エコな自転車で社会貢献 the future of CHIBA KEIRIN

 千葉市の千葉県総合スポーツセンターで平成29年千葉県障がい者スポーツ協会の表彰が、3月23日に行われた。長きにわたる選手会千葉支部の貢献が認められ、中村浩士支部長が、代表で障がい者スポーツ功労賞を受賞した。
 知的障害者の駅伝大会「千葉ゆうあいピック駅伝」の先導車を白バイではなく、千葉所属の選手たちが自転車で行い無事故に導いてきた。連続18年、安全運行に努めてきた地道な活動が認められた。これまでの受賞は、障害者支援団体や施設のみで、選手会千葉支部のような外部団体が受賞したのは初めてのことだ。中村浩士支部長が、その重みを受けとめる。
 「初受賞ということで、弱者配慮の福祉活動をずっとずっと続けてきて、大変光栄です。私たちは公営競技者として社会貢献を前提に組み込まれた競輪選手です。さらにこういったボランティア活動を続けてきたことを表彰されたっていうのは、ありがたいことです」
 選手会千葉支部と長い間、関わりがあり、現在は千葉県知的障害者陸上競技協会の理事長を務める生駒三男氏が、振り返る。
 「障害を持っている人たちの中には体の弱い人たちもいる。自転車は排気ガスも出ない。自然にも優しいし、走る選手にも優しい。プロの競輪選手に(先導を)お願いしたら、二つ返事で多くの選手を送り込んでくれた。そしてこれが伝統的に継続している。千葉支部には本当に感謝してるんです」
 中村支部長と生駒氏は「選手会と知的障害者の交流は続けていきたい」と、口をそろえる。熱い想いを共有し、今後につなげていく。

(最終更新 2018.4.4)

  • 選手会千葉支部の代表として表彰された中村浩士支部長

6ワッツ250? the future of CHIBA KEIRIN

 2月に千葉市からリニューアル事業に関する事業者の選定が発表され、コンセプトデザインを手がける坂茂建築設計による「千葉公園ドーム(仮称)」の外観、内観パースが示された。完成予定の20年まで“待ったなし”。自転車競技法などのハードルを越えた先に見える競輪、国際規格の屋内木製トラックで繰り広げられる「250競輪(仮称)」とは、どんなものなのか。選手会千葉支部の役員であり、競技マニアでもある加賀山淳選手(千葉・94期)に聞いた。
―「250競輪(仮称)」の魅力は?
 単純に自転車は速いっていうところをファンの方が体感できる。おそらく近くで見ることができるでしょうし、迫力はありますよ。
―ルールや車立てはどうなる
 (横の動きが少ない)UCIルールでの6車立てが理想だと思います。そうなれば選手の落車事故による怪我も少なくなってくる。
―車券的な考え方は?
 選手の持っている力がそのまま反映しやすいので推理はしやすい。それにラインがなくなると思うから、力と力、速さ対速さの勝負で当てやすい感覚があると思う。
―選手の強さも変化があらわれる
 一番の恩恵を受けるのはナショナルチームの選手でしょうね。それにドームだからこそ輝ける選手っていうのも出てくると思う。あとはラインのシガラミみたいなもので、力の出せない選手。個と個のぶつかり合いなら気にする必要はないですから。自分ですか?そりゃ、競技好きからしたらありがたいし、ぜひとも参加したい。
※写真は、現在国内で唯一の国際規格のトラック伊豆ベロドローム

(最終更新 2018.3.31)

  • 静岡県伊豆市の伊豆ベロドロームの木製トラック

5「日本写真判定」が事業者に the future of CHIBA KEIRIN

 キーマンである事業者の選定もスムーズに進み「250競輪(仮称)」が、東京五輪イヤーの20年に向かって、追い風に乗りスピードを上げる。千葉市は2月16日、千葉競輪場のリニューアル事業についての発表を行った。
 国際規格に準拠した走路を有する多目的スポーツ施設「千葉公園ドーム(仮称)」として再整備されるリニューアル事業を、市から事業の運営を委託されている「日本写真判定株式会社(東京)」が行うことが決まった。
 ドーム屋根による地上3階、地下1階の施設(外観イメージ図=右)に、自転車競技の国際規格に準拠した1周250メートルの木製トラックを設置する。常設の観客座席はおよそ3000。そのほかにレストラン、カフェ、ショップなども設ける。建設費を含めた整備費用は概算で70億円が見込まれ、費用は全額、「日本写真判定株式会社」が負担する。
 「250競輪(にーごーまるけいりん)(仮称)」の競輪事業のほかには、国際、国内の自転車競技大会の開催、サイクルスポーツ教室の運営、走路開放イベント。また、eスポーツ、ドローンスポーツ、音楽ライブ、展示会などの利用が同社によって提案された。
 「250競輪(仮称)」の事業開始時期は、20年の後半を予定している。「250競輪(仮称)」がスタートされるまでの間の市営競輪開催は、他の競輪場を借り上げて実施することも併せて公表された。具体的には、18年度は松戸競輪場で3節(10日間)、川崎競輪場で3節(9日間)。開催日程については、調整中でまだ決まっていない。

(最終更新 2018.2.25)

  • 2020年に完成予定の「千葉公園ドーム(仮称)」

4受け継がれていく想い the future of CHIBA KEIRIN

 最後の500バンク―。国際規格を満たす250mの屋内バンクへの建て替えが決まっている千葉競輪場で、昨年12月17日に500バンクとしては最後となるレースが行われた。S級の決勝では地元、千葉の選手が3着まで上位を独占。海老根恵太が、追い込みで優勝を飾った。数多くの名勝負を生んだ68年の歴史は、これから250バンクへと受け継がれていく。
 シリーズ最終日の17日には3000人を超えるファンが来場した。500バンクを舞台に繰り広げられた白熱のバトルを名残惜しみながら声援を送った。全レース終了後には、バンクウォークで解放された走路で記念撮影をするなど、それぞれの思いが詰まったバンクに別れを告げた。
 多くのファンに愛されたグランドスラマー、現在は日本競輪学校の校長を務めている滝澤正光さんも、かつてのホームバンクで後輩たちの戦いに胸を熱くした。
 「これから新しいことが始まります。そちらの期待感の方が大きいです。これから新しい人が、新しい歴史をつくっていく。250バンクで安心して見ていられるような選手を育てていきたいです」
 「250競輪」に対応できる世界基準の選手育成を誓った。
 また、ファイナル式典で神谷俊一副市長が、「場外の開催につきましては、引き続き行えますので、ぜひ変わらぬご愛顧をお願いしたいと思います。新しい競輪場は68年の歴史と伝統を礎にして、新しい競輪場にリニューアルして、みなさまをお迎えしたいと思います」と、挨拶。引き続き場外場として、ファンを迎える。

(最終更新 2018.5.15)

  • 最終戦を終えた千葉500バンク。集ったファンはそれぞれの思いを走路へと馳せる。

3競輪が持っている力 the future of CHIBA KEIRIN

 千葉競輪開設68周年記念の2日目、10月15日に知的障害者授産施設・富里福葉苑の自転車競技部と地元、千葉所属の選手による「第15回愛の競輪」が行われた。競輪学校の滝澤正光校長がスターターを務めたレースは、笠原康亮生徒(写真中央)が逃げ切りで優勝。競輪がつないだ“友情物語”を雨の中で多くのファンが見守った(不定期連載Vol.3)。
 『僕が初めて自転車に乗れた時、お母さんは泣いていましたね』
 ここから始まった知的障害と競輪選手による友情物語は、多くの人たちの支えで大きな実を結んだ。
 「日本で生まれたスポーツ。その障害者による競輪を日本で最初にやりたかった。知的障害者には危ない、無理だって声が多かった。15年前はまだそういう時代でした」
 現在は日本パラリンピック委員会運営委員で苑長も務めていた生駒三男さんが、当時を振り返る。
 「障害者の人たちが、努力をしてここまでできるっていうことに勇気づけられる。選手にはそう返していただいた。そして滝澤(正光)さんのようなすばらしい人にやさしい声をかけてもらい、この愛の競輪で障害者と親たちが本当に明るく元気になることができた」
 中村浩士(79期)から始まった1勝1万円の富里福葉苑への寄付も、宮倉勇(58期)、田中晴基(90期)らへと広がり、富里福葉苑自転車部の原動力になっている。
 「この友情物語がこれからもずっと続いてもらえるといいですね」
 500バンクとしては最後になった「愛の競輪」だが、これからも障害者と競輪選手のかけがえのない絆は受け継がれていく。

(最終更新 2018.1.24)

  • 愛の競輪 記念撮影。中央には優勝した笠原康亮生徒と滝澤正光氏。

2みなさんのおかげで the future of CHIBA KEIRIN

 4人が決勝に進んだ地元勢の強い思いは僅差で砕け散り、波乱で幕を閉じた開設68周年記念。17日に500バンクとして最後の記念が終わり、残すところ3開催のみ。生まれ変わるためのカウントダウンが始まった。決勝の熱走直後の中村浩士支部長(79期=写真)に、いまの思いを語ってもらった(不定期連載Vol.2)。
―500バンクを舞台にしての4日間、最後の記念が終わりました。
 中村支部長(以下敬称略) 千葉のビッグイベントである記念に、千葉選手団は最後まで力を出し尽くしました。優勝までは届かず申し訳なかったですが、悔いのない戦いができました。
―表彰式終了後には、参加選手がそろって、ファンの方々へのお礼を込めた挨拶がありました。
 中村 廃止から存続の方向へと変わっていくことができたのも、ファンの方々の助けがあったからこそです。その思いをみなさんに伝えたかった。これからも僕たち選手は一丸となって、みなさんのために盛り上げていきます。
―12月15日からのF1の3日間シリーズが終わると500バンクともお別れ。3年後に「250KEIRIN」としてリボーンします。
 中村 たぶん3年という期間は短いので、すぐだと思います。新しい250の競輪場がお客さんで埋めつくされることを夢みてます。そして、いまの若い選手たち、次世代の選手になる人たち。その人たちをそこで走らせてあげたい。また、(競輪の)ブームの波が押し寄せるように。そのためにみんなで頑張っていくので、応援よろしくお願いします。

(最終更新 2018.1.24)

  • 表彰式後、ファンに挨拶をする千葉選手一同

1未来への第一歩 the future of CHIBA KEIRIN

 2020年、東京五輪の興奮が冷めやらぬなかで、新たな競輪「250KEIRIN」が、千葉を拠点に産声をあげる。国際規格を満たした屋内木製トラックで繰り広げられる究極のスピードバトルは、日本が発祥の競輪の“進化形”。3年後のミライへ、その動向を追っていく(不定期連載Vol.1)。
 15年1月に競輪事業廃止のニュースが流れた千葉競輪だったが、9月13日に千葉市の熊谷俊人市長は、国際規格を満たす250mの屋内バンク「250競輪」での事業継続を表明。17年度での廃止の方針から、大きく舵を切った。
 市長の会見に先立って、千葉競輪場で公営事業事務所の鴻崎豊宏所長らによる説明会が開かれた。そのなかで、伊豆ベロドローム(国際規格自転車競技トラック)でのテストランが実施され、選手の感想から6車か7車立てでの開催になるのではという見解が示された。しかしながら、ルール改正は必須でケイリンエボリューションで使用されているカーボン製の自転車を使用するのかなど、まだまだ詰めなければならない課題が多いのも事実だ。それでも同席した千葉支部の中村浩士支部長は、事業存続決定の喜びをこう語った。
 「250競輪で存続できるのであれば、選手会全体としてもうれしいことです。新しいファン獲得のチャンスでもあるので、全力で応援していきたいです。ここがスタートだという思いで、新しい施設にお客さんがたくさん入って、250競輪が盛り上がった時が、本当の成功だと思っています」と、万全の協力態勢を強調した。
 また、10月に行われる500バンクとしては最後となる千葉記念に出場を予定している村上義弘選手も、「250に生まれ変わって今後の競輪界を引っ張ってくれることを信じています」と、エールを送った。
 現在、運営を委託されている日本写真判定が有力ではあるものの、施設整備費用を負担する事業者が決まってさえいない。それでも千葉競輪が、250競輪として大きな一歩を踏み出した事実は大きい。

(最終更新 2018.1.24)

  • 2020年、1周250mの屋内バンクへ生まれ変わる千葉競輪場。

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