千葉競輪の未来

 15年1月に17年度末での競輪事業廃止の方針が打ち出された千葉競輪だったが、選手会千葉支部をはじめとした関係者の地道な努力によって方針を転換。国際規格を満たす1周250mの屋内バンクでの事業継続が決まり、千葉競輪はこれから生まれ変わる。

11次の世代につないでいく the future of CHIBA KEIRIN

 圧巻のパフォーマンスでG1連覇を遂げた脇本雄太は、昨年のワールドカップ、ケイリン種目で日本人選手としては14年ぶりに金メダルを獲得。今年3月には河端朋之が世界選の同じくケイリンで銀メダル。世界選の同種目では93年以来のメダルを手にした。東京五輪に向けて、日本の自転車競技が“世界基準”にレベルアップしている。
 五輪会場の伊豆ベロドロームに次いで、国内2つ目となる国際規格を満たした屋内木製トラック「千葉公園ドーム(仮称)」が果たす役割は、「250競輪」だけではない。未来の五輪戦士を育成するためにも、欠かすことのできない施設として重要な拠点となる。
 「子どもたちの夢舞台をつくっていきたい。プロスポーツ、競輪の発展のためにも、新たな世代の選手育成をしなければならない大事な時期にきている」
 こう話すのは選手会千葉支部の中村浩士支部長。「250競輪」の成功はもとより、地域貢献ができる「千葉公園ドーム(仮称)」として力を注いでもいる。
 「自転車競技をやってみたいってなっても、なかなか従来の競輪場が開放されるってことが少ない。身近に自転車競技のクラブチームがなかったりしたら、ここでアカデミーみたいなものを開いて、子どもたちにレクチャーしていこうっていうことも話し合っています。そのなかから世界に通用する競技者なり、競輪選手になる子どもが出てくれたらうれしいですね」
 競技人口、ファン拡大につなげるための未来への投資。「千葉公園ドーム(仮称)」から、世界へ羽ばたくニュースターが生まれる。

(最終更新 2018.10.10)

  • 日本人選手の活躍を告げる横断幕.。河端朋之選手もニッコリ

10みなさんの応援が力になる the future of CHIBA KEIRIN

 昨年はウィナーズカップで郡司浩平とワンツー。今年もサマーナイトフェスティバルに続いて、オールスターでも優出と選手会千葉支部の支部長を務める中村浩士選手(千葉・79期)が、八面六臂の活躍を見せている。今年は松戸競輪場で行われる10月13日からの千葉競輪開設69周年記念のシリーズは、選手としてではなく、支部長の立場からサポート。本紙『プロスポーツ』とスポンサー契約を結んでいる中村支部長が、“縁の下の力持ち”として、4日間を盛り上げる。
 「自分は8月の松戸記念に参加させてもらった。だから、今回は走ることではなくて、イベント面だとかで力になりたいと思ってる」
 松戸記念を着。惜しくも優勝は逃したが、千葉を代表する追い込み選手としての存在感は見せた。
 20年の完成が待たれる「千葉公園ドーム(仮称)」で行われる「250競輪」を成功させるためにも、ファンと選手をつなぐ架け橋として千葉の支部長は重要な役割を担っている。
 「ファン感謝デーだったり、ファンの集いみたいなものを開くと、お客さんたちは喜んでくださるんです。選手と触れ合うことでお客さんが、いままで以上に選手たちを応援してくれる。その応援が選手の力になって、選手を強くするんです。そういうサポーターの力っていうのは、本当に大きいんですよ」
 ファンが選手を育てる。5月のダービーでは、ともに決勝に名を連ねた山中秀将と和田健太郎。タイトルに手が届くところまできている2人を中心とした地元勢の活躍を、競輪場で目に焼きつけたい。

(最終更新 2018.10.3)

  • 多方面にわたり尽力する中村浩士支部長

9“テオ様”の目に輪界はどう映る? the future of CHIBA KEIRIN

 テオ・ボス(オランダ)は、短期登録制度で7度目の来日となった今年も19戦17勝、4度の完全優勝(7月24日現在)。8月に35歳を迎える今も、衰え知らずのパワーを披露している。19歳で初めて日本の地を踏んでから15年。06年フランスでの世界選手権でケイリン、スプリント両種目の優勝をはじめ、輝かしい競技実績を持つボスにとって、日本の競輪・ケイリンはどう映るのか。20年に完成予定の「千葉公園ドーム(仮称)」も含めて聞いてみた。
―15年前の初来日から日本の競輪は変わりましたか?
 なにも変わってない。レースも選手も、そしてトラック(バンク)もね。スピードっていう意味では少し速くなったけど、まだ90年代のバンクレコードが残っている。
―それでは一昨年にチーム体制が変わったナショナルチームにも、変化は見られないのですか?
 日本のナショナルチームに関しては、そうではない。脇本(雄太)は強いしレベルが上がっている。
―東京五輪まであと2年です
 トラック種目で日本人選手がメダルを獲れる可能性は十分にある。とくにケイリンですね。ケイリンは、なにが起こるかわからない。
―「千葉公園ドーム(仮称)」のことは知っていますか?
 もちろんですよ。デザイン画も見たし、ルックスもいいよね。
―日本に国際規格の新たな屋内木製トラックができることについては、どうですか?
 日本人選手にとっては本当にいいことだと思う。いろんな選手が走れるチャンスがあるのは、競輪界にとっては大きなプラスです。

(最終更新 2018.7.26)

  • 19歳の初来日から日本のファンを魅了し続けるテオ・ボス

8石井貴子が競技に復帰?! the future of CHIBA KEIRIN

 20年の東京五輪・パラリンピックトラック種目の会場にも決まっている静岡県伊豆市にある伊豆ベロドロームで、「ジャパントラックカップⅠ・Ⅱ」が、7月6日から3日間に渡り行われた。日本人選手の活躍もあり、会場に詰め掛けたファンは大いに沸いた。
 ケイリンでは、2日間連続で脇本雄太が優勝。また、スプリントでは競輪ファンにもおなじみのマティエス・ブフリ(オランダ)が連続Vで、前回五輪のケイリン銀メダリストとして強さを見せた。
 2年後の五輪で使用されるトラックでの公式戦とあって、国内の強豪に加え、海外からメダリストも参戦した。そのなかに千葉の石井貴子の顔が、久しぶりにあった。
 「最後に(伊豆ベロドロームの)ドームを走行したのが、16年12月だったんですよ」
 急きょ、ナショナルチームに招集された石井にとって、今大会の成績は参考外。東京五輪後に地元が「千葉公園ドーム(仮称)」として、国際規格の屋内木製トラックに生まれ変わる。
 「東京五輪も千葉でやれればよかったですね。そうすれば競技に興味をもった方々が、車券にもってなると思うんで。現状では(千葉で行われる250競輪は)改善していかないといけない部分が多い。公正安全にやるんであれば、(250競輪用の)ライセンスみたいなものも必要でしょうね。マンネリを打破しようっていう意味ではチャンス。しっかり準備して環境が整うのであれば、走りたいです」
 ナショナルチームへの本格復帰も含め、千葉ガールズの第一人者の今後の動向が気になるところだ。

(最終更新 2018.7.16)

  • 伊豆ベロドロームで行われた「ジャパントラックカップ」

7エコな自転車で社会貢献 the future of CHIBA KEIRIN

 千葉市の千葉県総合スポーツセンターで平成29年千葉県障がい者スポーツ協会の表彰が、3月23日に行われた。長きにわたる選手会千葉支部の貢献が認められ、中村浩士支部長が、代表で障がい者スポーツ功労賞を受賞した。
 知的障害者の駅伝大会「千葉ゆうあいピック駅伝」の先導車を白バイではなく、千葉所属の選手たちが自転車で行い無事故に導いてきた。連続18年、安全運行に努めてきた地道な活動が認められた。これまでの受賞は、障害者支援団体や施設のみで、選手会千葉支部のような外部団体が受賞したのは初めてのことだ。中村浩士支部長が、その重みを受けとめる。
 「初受賞ということで、弱者配慮の福祉活動をずっとずっと続けてきて、大変光栄です。私たちは公営競技者として社会貢献を前提に組み込まれた競輪選手です。さらにこういったボランティア活動を続けてきたことを表彰されたっていうのは、ありがたいことです」
 選手会千葉支部と長い間、関わりがあり、現在は千葉県知的障害者陸上競技協会の理事長を務める生駒三男氏が、振り返る。
 「障害を持っている人たちの中には体の弱い人たちもいる。自転車は排気ガスも出ない。自然にも優しいし、走る選手にも優しい。プロの競輪選手に(先導を)お願いしたら、二つ返事で多くの選手を送り込んでくれた。そしてこれが伝統的に継続している。千葉支部には本当に感謝してるんです」
 中村支部長と生駒氏は「選手会と知的障害者の交流は続けていきたい」と、口をそろえる。熱い想いを共有し、今後につなげていく。

(最終更新 2018.4.4)

  • 選手会千葉支部の代表として表彰された中村浩士支部長

6ワッツ250? the future of CHIBA KEIRIN

 2月に千葉市からリニューアル事業に関する事業者の選定が発表され、コンセプトデザインを手がける坂茂建築設計による「千葉公園ドーム(仮称)」の外観、内観パースが示された。完成予定の20年まで“待ったなし”。自転車競技法などのハードルを越えた先に見える競輪、国際規格の屋内木製トラックで繰り広げられる「250競輪(仮称)」とは、どんなものなのか。選手会千葉支部の役員であり、競技マニアでもある加賀山淳選手(千葉・94期)に聞いた。
―「250競輪(仮称)」の魅力は?
 単純に自転車は速いっていうところをファンの方が体感できる。おそらく近くで見ることができるでしょうし、迫力はありますよ。
―ルールや車立てはどうなる
 (横の動きが少ない)UCIルールでの6車立てが理想だと思います。そうなれば選手の落車事故による怪我も少なくなってくる。
―車券的な考え方は?
 選手の持っている力がそのまま反映しやすいので推理はしやすい。それにラインがなくなると思うから、力と力、速さ対速さの勝負で当てやすい感覚があると思う。
―選手の強さも変化があらわれる
 一番の恩恵を受けるのはナショナルチームの選手でしょうね。それにドームだからこそ輝ける選手っていうのも出てくると思う。あとはラインのシガラミみたいなもので、力の出せない選手。個と個のぶつかり合いなら気にする必要はないですから。自分ですか?そりゃ、競技好きからしたらありがたいし、ぜひとも参加したい。
※写真は、現在国内で唯一の国際規格のトラック伊豆ベロドローム

(最終更新 2018.3.31)

  • 静岡県伊豆市の伊豆ベロドロームの木製トラック

5「日本写真判定」が事業者に the future of CHIBA KEIRIN

 キーマンである事業者の選定もスムーズに進み「250競輪(仮称)」が、東京五輪イヤーの20年に向かって、追い風に乗りスピードを上げる。千葉市は2月16日、千葉競輪場のリニューアル事業についての発表を行った。
 国際規格に準拠した走路を有する多目的スポーツ施設「千葉公園ドーム(仮称)」として再整備されるリニューアル事業を、市から事業の運営を委託されている「日本写真判定株式会社(東京)」が行うことが決まった。
 ドーム屋根による地上3階、地下1階の施設(外観イメージ図=右)に、自転車競技の国際規格に準拠した1周250メートルの木製トラックを設置する。常設の観客座席はおよそ3000。そのほかにレストラン、カフェ、ショップなども設ける。建設費を含めた整備費用は概算で70億円が見込まれ、費用は全額、「日本写真判定株式会社」が負担する。
 「250競輪(にーごーまるけいりん)(仮称)」の競輪事業のほかには、国際、国内の自転車競技大会の開催、サイクルスポーツ教室の運営、走路開放イベント。また、eスポーツ、ドローンスポーツ、音楽ライブ、展示会などの利用が同社によって提案された。
 「250競輪(仮称)」の事業開始時期は、20年の後半を予定している。「250競輪(仮称)」がスタートされるまでの間の市営競輪開催は、他の競輪場を借り上げて実施することも併せて公表された。具体的には、18年度は松戸競輪場で3節(10日間)、川崎競輪場で3節(9日間)。開催日程については、調整中でまだ決まっていない。

(最終更新 2018.2.25)

  • 2020年に完成予定の「千葉公園ドーム(仮称)」

4受け継がれていく想い the future of CHIBA KEIRIN

 最後の500バンク―。国際規格を満たす250mの屋内バンクへの建て替えが決まっている千葉競輪場で、昨年12月17日に500バンクとしては最後となるレースが行われた。S級の決勝では地元、千葉の選手が3着まで上位を独占。海老根恵太が、追い込みで優勝を飾った。数多くの名勝負を生んだ68年の歴史は、これから250バンクへと受け継がれていく。
 シリーズ最終日の17日には3000人を超えるファンが来場した。500バンクを舞台に繰り広げられた白熱のバトルを名残惜しみながら声援を送った。全レース終了後には、バンクウォークで解放された走路で記念撮影をするなど、それぞれの思いが詰まったバンクに別れを告げた。
 多くのファンに愛されたグランドスラマー、現在は日本競輪学校の校長を務めている滝澤正光さんも、かつてのホームバンクで後輩たちの戦いに胸を熱くした。
 「これから新しいことが始まります。そちらの期待感の方が大きいです。これから新しい人が、新しい歴史をつくっていく。250バンクで安心して見ていられるような選手を育てていきたいです」
 「250競輪」に対応できる世界基準の選手育成を誓った。
 また、ファイナル式典で神谷俊一副市長が、「場外の開催につきましては、引き続き行えますので、ぜひ変わらぬご愛顧をお願いしたいと思います。新しい競輪場は68年の歴史と伝統を礎にして、新しい競輪場にリニューアルして、みなさまをお迎えしたいと思います」と、挨拶。引き続き場外場として、ファンを迎える。

(最終更新 2018.5.15)

  • 最終戦を終えた千葉500バンク。集ったファンはそれぞれの思いを走路へと馳せる。

3競輪が持っている力 the future of CHIBA KEIRIN

 千葉競輪開設68周年記念の2日目、10月15日に知的障害者授産施設・富里福葉苑の自転車競技部と地元、千葉所属の選手による「第15回愛の競輪」が行われた。競輪学校の滝澤正光校長がスターターを務めたレースは、笠原康亮生徒(写真中央)が逃げ切りで優勝。競輪がつないだ“友情物語”を雨の中で多くのファンが見守った(不定期連載Vol.3)。
 『僕が初めて自転車に乗れた時、お母さんは泣いていましたね』
 ここから始まった知的障害と競輪選手による友情物語は、多くの人たちの支えで大きな実を結んだ。
 「日本で生まれたスポーツ。その障害者による競輪を日本で最初にやりたかった。知的障害者には危ない、無理だって声が多かった。15年前はまだそういう時代でした」
 現在は日本パラリンピック委員会運営委員で苑長も務めていた生駒三男さんが、当時を振り返る。
 「障害者の人たちが、努力をしてここまでできるっていうことに勇気づけられる。選手にはそう返していただいた。そして滝澤(正光)さんのようなすばらしい人にやさしい声をかけてもらい、この愛の競輪で障害者と親たちが本当に明るく元気になることができた」
 中村浩士(79期)から始まった1勝1万円の富里福葉苑への寄付も、宮倉勇(58期)、田中晴基(90期)らへと広がり、富里福葉苑自転車部の原動力になっている。
 「この友情物語がこれからもずっと続いてもらえるといいですね」
 500バンクとしては最後になった「愛の競輪」だが、これからも障害者と競輪選手のかけがえのない絆は受け継がれていく。

(最終更新 2018.1.24)

  • 愛の競輪 記念撮影。中央には優勝した笠原康亮生徒と滝澤正光氏。

2みなさんのおかげで the future of CHIBA KEIRIN

 4人が決勝に進んだ地元勢の強い思いは僅差で砕け散り、波乱で幕を閉じた開設68周年記念。17日に500バンクとして最後の記念が終わり、残すところ3開催のみ。生まれ変わるためのカウントダウンが始まった。決勝の熱走直後の中村浩士支部長(79期=写真)に、いまの思いを語ってもらった(不定期連載Vol.2)。
―500バンクを舞台にしての4日間、最後の記念が終わりました。
 中村支部長(以下敬称略) 千葉のビッグイベントである記念に、千葉選手団は最後まで力を出し尽くしました。優勝までは届かず申し訳なかったですが、悔いのない戦いができました。
―表彰式終了後には、参加選手がそろって、ファンの方々へのお礼を込めた挨拶がありました。
 中村 廃止から存続の方向へと変わっていくことができたのも、ファンの方々の助けがあったからこそです。その思いをみなさんに伝えたかった。これからも僕たち選手は一丸となって、みなさんのために盛り上げていきます。
―12月15日からのF1の3日間シリーズが終わると500バンクともお別れ。3年後に「250KEIRIN」としてリボーンします。
 中村 たぶん3年という期間は短いので、すぐだと思います。新しい250の競輪場がお客さんで埋めつくされることを夢みてます。そして、いまの若い選手たち、次世代の選手になる人たち。その人たちをそこで走らせてあげたい。また、(競輪の)ブームの波が押し寄せるように。そのためにみんなで頑張っていくので、応援よろしくお願いします。

(最終更新 2018.1.24)

  • 表彰式後、ファンに挨拶をする千葉選手一同

1未来への第一歩 the future of CHIBA KEIRIN

 2020年、東京五輪の興奮が冷めやらぬなかで、新たな競輪「250KEIRIN」が、千葉を拠点に産声をあげる。国際規格を満たした屋内木製トラックで繰り広げられる究極のスピードバトルは、日本が発祥の競輪の“進化形”。3年後のミライへ、その動向を追っていく(不定期連載Vol.1)。
 15年1月に競輪事業廃止のニュースが流れた千葉競輪だったが、9月13日に千葉市の熊谷俊人市長は、国際規格を満たす250mの屋内バンク「250競輪」での事業継続を表明。17年度での廃止の方針から、大きく舵を切った。
 市長の会見に先立って、千葉競輪場で公営事業事務所の鴻崎豊宏所長らによる説明会が開かれた。そのなかで、伊豆ベロドローム(国際規格自転車競技トラック)でのテストランが実施され、選手の感想から6車か7車立てでの開催になるのではという見解が示された。しかしながら、ルール改正は必須でケイリンエボリューションで使用されているカーボン製の自転車を使用するのかなど、まだまだ詰めなければならない課題が多いのも事実だ。それでも同席した千葉支部の中村浩士支部長は、事業存続決定の喜びをこう語った。
 「250競輪で存続できるのであれば、選手会全体としてもうれしいことです。新しいファン獲得のチャンスでもあるので、全力で応援していきたいです。ここがスタートだという思いで、新しい施設にお客さんがたくさん入って、250競輪が盛り上がった時が、本当の成功だと思っています」と、万全の協力態勢を強調した。
 また、10月に行われる500バンクとしては最後となる千葉記念に出場を予定している村上義弘選手も、「250に生まれ変わって今後の競輪界を引っ張ってくれることを信じています」と、エールを送った。
 現在、運営を委託されている日本写真判定が有力ではあるものの、施設整備費用を負担する事業者が決まってさえいない。それでも千葉競輪が、250競輪として大きな一歩を踏み出した事実は大きい。

(最終更新 2018.1.24)

  • 2020年、1周250mの屋内バンクへ生まれ変わる千葉競輪場。

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