疾風怒濤の競輪回顧録

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山田 裕仁のイメージ山田 裕仁やまだ ゆうじ 競輪評論家  昭和63年5月に61期生としてデビュー。平成9年KEIRINグランプリを皮切りに、GP、GⅠを優勝すること9回と、同期の神山雄一郎、吉岡稔真とともに一時代を築いた。14年3月のダービーで現役引退を表明。同年5月の引退後はスポーツニッポン紙で競輪評論家として活動している。
第15回

うんがついた

2016年3月25日

 観音寺ふるさとダービーの前検日の朝のことであった。朝といってもまだ日が昇る前でしたが、奥さんが私の横で唸ってるんです。「あ~、痛いよー。パパダメだー」(涙)マジか?大丈夫か?死ぬなよ(汗)「救急車呼んでー」  わかった。私は、子供も学校へ行かせなきゃいけないし、自分も仕事行かなきゃいけないしで焦ってた。実家に電話しておふくろに子供を頼んで、救急車が来るのを待つ。その待ち時間のながく感じることったら。仕事欠場のことやらいろんなこと考える時間がありました。救急車が到着し市民病院へ運ばれることになった。私は救急車を追いかけ自分の車で市民病院へ向かった。病院に着くと検査が始まっていた。どれくらい待ったか、自分にはアレコレ良くない考えが頭をよぎっていたので相当ながく感じたのですが、それはほんの数分のことだったらしいのですが、検査後先生に呼ばれた。「旦那様こちらへ」おいマジか(汗)嫌な雰囲気だ。「このレントゲン見てください」この黒く写ってる部分ですが・・・  何、何、何(冷汗) 「ウンコです」  おーい、かぁちゃんいい加減にしろー(笑)  「便秘による腹痛ですね」だって。ホッとしたのと大爆笑したいのとで今度は私がお腹痛くなったわ(笑)  今だから言えるけどあの時の苦しそうな顔見てたらあの場では笑えなかったけど、ホントはメッチャ大爆笑したかったんだから。大事な試合前にいい加減にしろかぁちゃん!欠場もしなきゃいけないのかと思ってたのに。
 まぁ結果として笑い話しになったからいいけど、ドキドキ感とガマンした笑いを持って仕事に出かけることになった。
 さすがにこの笑い話しは、ある程度の時効がこないとみんなに話せないなぁ。おしゃべりの私もさすが自分の奥様を笑いのネタには出来なかった。(笑)  前検日から何事も無かったように競走に参加した。
 それが何が何が、骨折後初のビッグ制覇ふるさとダービー優勝しちゃったじゃないですか。こんなラッキーなこともあるんですね。
 自宅に戻り、とりあえず奥さんの体調の確認をして一言「かぁちゃん、俺にもウンがついてたわ」(笑)もちろんパンチの一発ももらったのは確かですが。
 こんな経験をしてあらためて  家内安全とはもちろんのこと、健康第一ですよね!