大番狂わせで頂点に
阿部拓真
「夢…ですか…、これは(笑)」
3連単での最低人気の“ジャイアントキリング”。83年、オールスターの菅田順和(36期、引退)以来、宮城から誕生したタイトルホルダーは、こう言ってヒーローインタビューで、はにかんだ。
デビュー11年目だが、今シリーズが通算8度目のG1出場。闘志を全面に出した走りから、落車や失格に泣かされることも多かった。今期も9月の岐阜F1で失格を喫して、続く奈良G3で落車と決して順調ではなかった。
「来る前には同県の和田(圭)さんとは、今期1回失格しているんで、(S級)1班(の点数)は取りたいなって話はしていたんですよ」
今期ここまでの阿部拓真の競走得点は106.50。「自分は圧倒的に弱い立場だった」。決勝に進出した阿部以外の8人は、すべて110点を優にオーバーしていた。ただ、その阿部には頼れるパートナー、同期の吉田拓矢がいた。関東からただ一人、決勝にコマを進めた吉田との連係が、阿部に初めてのタイトルをもたらした。
「選手紹介のタイミングで、(G1決勝の)雰囲気が楽しかった。(吉田)拓矢に楽しみになってきたと話したら、楽しみましょうってことだった。自分でも驚きですね、本当に緊張感なくリラックスして臨めた」
レースは、6番車ながらも阿部が懸命にスタートを出て、周回中は吉田、阿部で3、4番手を確保した。打鐘で吉田が古性優作を押さえると、松本貴治が積極策に打って出る。最終ホームで吉田は、3番手に入った。
「ジャンのタイミングで拓矢が切ったら、松本が来るかなって。あとはみんな自在性のある選手ばっかりなんで、内を空けないように追走していた」
古性に合わせるようにまくった吉田だったが、荒井崇博が番手から出る。吉田が外に浮いて、阿部は冷静に荒井の後ろにスイッチした。
「(最終)バック前からいっぱいの状態だった。追走に集中しようって。よく覚えてないけど、拓矢がいい仕掛けをしてくれたおかげだと思ってます」
2センター過ぎに内から山田英明に当たられた阿部だったが、それをこらえると荒井との直線勝負。ハンドル投げで手ごたえはあった。
「内からドンってもらったのがあるんですけど、なんとかしのげたのが良かったですね。荒井さんを差せたのがわかった。普段は優勝してもガッツポーズとかしないんですけど、興奮して勝手に出ていました。でも、まさか本当に1着が取れると思っていなかった」
阿部自身もだが、北日本の仲間さえ、周囲の誰もが驚く初戴冠だった。
「よく自分が一番ビックリしているって言いますけど。誰もみんなビックリしてますよね。前代未聞(笑)」
まだ実感のわかない阿部だが、ラストG1の競輪祭を優勝して、来月末にはグランプリ、S級S班という現実が待っている。
「何月何日にグランプリかっていうのも、わかってないです(笑)。年末はF1で勝負だなと思っていた。(グランプリには)まだなにも考えられないです。1回しっかりと考えてからですね。S班になる準備はできてないけど、自分らしく気負うことなく頑張りたいです」
想像だにしない大番狂わせ。自身の立ち位置を確認しながらも、阿部から自然と笑みがこぼれた。
真後ろの3番手からまくった吉田に合わせて、荒井崇博は最終バック過ぎに番手発進。吉田を合わせ切って初のタイトルがみえたが、最後は阿部に屈した。
「悔しい…。それ以上はないですね」
松井宏佑は、最終バックで8番手。最終2センターから大外を回して、前団に襲い掛かったが3着まで。
「(周回中の位置が)悪かったですね。できれば少しでも前の方が良かったんですけど。位置取りが厳しい選手が多かったですし、切って出させて一発と思っていた。古性さんや吉田君と(位置取りを)やり合っても持ち味が出せないと。あとは詰まったところで行こうと思ったんですけど、前も掛かっていました。外々を回されて優勝できなかったんですけど、やることはやれたのかなって思います」