129回生卒記チャンプは沢田桂太郎 ~伊東競輪場~


在所1位で卒記チャンプに
3月17日(火)から、日本競輪選手養成所の第129回生(男子)、第130回生(女子)の「卒業記念レース」が、伊東温泉競輪場で開催された。2日目の3月18日(水)には、男子、女子それぞれの決勝戦が行われた。129回生の優勝は、在所1位の沢田桂太郎(大分)。ライバルを力でねじ伏せて、末良く押し切った。大分からの卒記チャンプ誕生は、92期寺田信彦以来4人目。また、130回生の優勝は、川上いちご(千葉)だった。
ロードレースで活躍し、高校からは長らくナショナルチームにも所属。ナショナルを引退し、鳴り物入りで養成所に入所した沢田桂太郎が、在所1位で卒記チャンプの栄冠に輝いた。
前受けからレースを進めた沢田は、レースが動き始めると赤板前からは内に封じ込められる展開に。それでも、長年の競技経験で培った立ち回りがものをいい、打鐘過ぎには自身の進路を確保する。最終ホーム手前から仕掛けて、逃げる伊藤京介との力勝負に持ち込んだ。
「1番車だったので、Sを取って、後ろからくる候補生に合わせて動こうと思っていました。いける位置から自分で仕掛けていくか、中村(嶺央)候補生か、伊藤候補生に合わせて踏み出すプランでした。(内に)閉じ込められそうな場面もあったんですけど、自分の道ができたらそのタイミングから全力で踏もうと思っていました」
お互いにライバル視する伊藤との踏み合いに、最終バック付近でけりをつけ、追いすがる中村を寄せ付けずにゴール。競走訓練では断トツの勝ち星を挙げていたが、第1回、第2回のトーナメント競走では決勝にも上がれず、辛酸をなめてきた。卒業記念では、その悔しさを晴らす完勝劇。在所1位に恥じない、強い勝ち方だった。
「伊藤候補生の走りをライバルとして見ていたし、彼は気持ちが強いんですけど、自分も負けられないと思って踏んでいました。トーナメントは苦手なイメージがあったんですけど、最後に払拭できました。終わり良ければ総て良し、ですね」
今回生の顔としての期待を背負って、5月のルーキーシリーズからデビューする。磨き上げた脚力をさらに真価させるべく、卒業後の約2カ月間も、トレーニングに励んでいく。
「ルーキーシリーズから脚力を見せたいと思っているので、地元に戻ってからもそこに向けてしっかりと練習したい。しっかり先行して、(九州の)地元選手に頼ってもらえるような、強い先行選手になりたいです」
強靭な地脚を生かし、九州を引っ張る存在へと、のし上がっていく。
2着は中村嶺央。周回中は伊藤京介の後ろに位置していたが、髙佐龍太郎と併走になると一車下げて様子をうかがう。その後は柳沼鼓太朗との外併走をしのいで、沢田の真後ろを奪う。最後は詰め寄ることができなかっただけに、悔しさは残る結果だった。
「S取りは、なるべく前が取りたいなっていうのがあった。そこのなかで伊藤京介候補生が自分の前に来てくれたので、とりあえず入れた。それで展開を考えるっていう感じになった。(髙佐との併走は)なんとなく予想はついていた。あそこの位置はできれば譲りたくなかった。けど、結果オーライっていう感じです。たまたま運が、こっちに向いたっていうだけですね。自分はダッシュ力が強みなので、(柳沼との併走から沢田の仕掛けに)付いていけた。以前、神山(雄一郎)所長と併走周回をして、練習をさせてもらった。その時にたくさんのことを教わった。それが生きて、あの位置が取れたのかなと。ただ、第2回トーナメントでも自分に展開が向いた。伊藤京介候補生を追いかけて、最後に抜けずに2着だった。それで今回に臨んだ卒業記念で決勝に乗れて、同じような展開だった。同じく差せなかったので、脚力不足を感じました」
周回中から沢田の真後ろにいた柳沼鼓太朗だったが、中村との併走をしのぎ切れず一車後退。そのまま中村を追う形で3着に入った。
「1番車の沢田候補生は、スタートを取って前々に踏んでいくと思ってました。自分も車番が良かったので、その後ろか、自分で前々に行こうと思った。(中村との併走は)ちょっと落車の危険を考えながらだった。あの位置を守り切れれば、もっといい着を狙えたと思います。沢田さんが強くて、自分は口が空いたところをやられてしまった。最後も余裕がなかったし、ギリギリ3着でした。デビューしてからは今とまったく違うスタイルの競走をやらないといけないし、先行できる脚をつけていきたいです」

熊谷洋祐記者
















